指揮者のクラウディオ・アバド氏が亡くなってから、クラシック・メディアの追悼番組が後を絶ちません。その功績の大きさもさることながら、音楽と真摯に向き合ってきた彼の姿勢が、クラシック愛好家の追悼の意を強くしているのだと思います。(2014年1月20日没)

アバドの音楽には、大向こうを唸らせるような解釈やこれ見よがし(聴きよがし)の演奏がありません。ひたすらフレーズを磨き上げ、音楽を内面から充実させることに徹しているように感じます。が、そういったアプローチは得てしてコマーシャリズムには乗りにくいもの・・・。

ベルリン・フィルの首席指揮者に就任しながらも辞するに至ったのは、一大オーケストラを"政治的に"掌握することの難しさがあったのかもしれません・・・。



さて、追悼映像の中から、マーラーの交響曲1番「巨人」第2楽章を共有させて頂きました。これは、2009年ルツェルン音楽祭からの抜粋です。



このスケルツォ楽章は、チェコ共和国東部モラビア地方の民謡舞曲に由来すると言われています。マーラーの出身地がイフラヴァなので、幼少から接してきた音楽の一つだったのでしょう。

交響曲に取り込まれているこのような民謡素材をどう扱うのか?に対して、アバドは明確な解答を示しているように思います。それは、交響曲の格式の中にあって徹底的に昇華するというスタンス。実際、この楽章を土臭く演奏してしまう指揮者が多い中、アバドの"清涼さ"は類を見ません。

オーケストラも彼の意図を理解して、十全の演奏で応えているよう・・・。まさに"指先から紡ぎだされる音楽"と言うにふさわしい内容で、彼の仕事に対する誠実さを垣間見た気がしました・・・。

この映像は、下記DVDに収録されています。


Lucerne Festival 2009: Symphony 1 / Piano Cto 3 [DVD]